義母と私と認知症
認知症の義母と私の数年間に渡る奮戦記。
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終わりに。
よく何かを失くして初めて、その物の大切さや必要性が

わかるといいます。私にしても父の存在はどこか当たり前すぎて

亡くなる事などずっとずっと先の話だと思っていました。

私以上に母にとっても50年近くずっと一緒だった人生を共に

してきた人です。その思いは、私の想像する以上のものだと

思います。 あの時もっとこうすれば良かったと後悔もあるみたい

ですが、父は亡くなる2週間前まで自分の家で過ごせたし

お酒もきっと体の限界まで飲めたのだと思います。


義母が認知症になって改めて思う事は、自分の最期の時が

くるまで、自分らしく、ある程度楽しく、そして決して痴呆には

ならずにいたいなという事です。

色々な事を義母から学んでいる様に思います。

限られた人生を大切にそして、面倒くさがらずに生きて

いこうと思います。


こんな、つたないブログにお付き合いしていただいて

ありがとうございました

又違う形でブログが出来ればいいなと思います。




                                   



 
  
 
 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


実父その2。
そんなお酒の好きな父でしたが、どうしてあんなに毎日、

朝から飲んでいる様になったのかと思うとやはり仕事を

退職する年齢になってその代わりになるものがなく、全て

から解放されたからでしょうか。

父は痴呆にはなりませんでしたが、人一倍、気を使うところが

あって普段はどちらかといえば物静かな人ですが、

私が独身の頃は長電話をしていると 「いつ仕事の電話が入るか

わからんから早く切れ!」 とよく怒鳴られました。

しぶしぶ公衆電話(携帯はない頃なので・・)まで走っていったものです。

電話の相手にも見えていないのに、電話に向かっておじぎをして

「どうも、どうも」 とすごく低姿勢で受け応えしていました。

それでも 「若い頃は、地元ではワルの〇〇ちゃんといわれたもんや

でもそれは弱い者いじめでなく大将同士のけんかやった。」 とよく

その武勇伝を聞かされました。

母はお酒が飲めないけど、私はビール位ならいくらでも(!?)付き合え

たので結婚してからも、子供を連れて遊びに行ったときは、父と2人

晩酌をしていました。会話の中で私が愚痴をこぼして 「こんなこと

おかしいと思うわー」 なんて言うと決まって 「おかしかったら笑え」

と言います。笑えませんけど・・・。


                      続きは次回に・・・

ワールドフレンズでグローバルな友達作り  ドタバタカート◆ステアDASH◆ 
   
  
  
実父。
私の父は去年に他界しました。お酒が大好きで仕事を退職

してからは朝からちょこちょこと一日中飲んでいました。

「酒が飲まれん様になったら、しまいや。」 というのが口癖でした。

亡くなる2年程前にあと3ヶ月と余命宣告を受けました。

半年位入院して母も毎日病院に行き、私もできるだけ足を

運びました。少し症状が落ち着いてきたのと、これ以上の治療が

体力的にも無理という事で退院したのですが、今度入院という時は

もう家には帰れないと言われました。末期の状態でした。

その時はショックでその事実を受け入れられずに何とかなるまだ

大丈夫と自分に言い聞かせ薬店などでちょっとでも体に良いものは

買って持って行きました。母もその2年間は食べる物にも工夫して

ずっとそばでその病気と向き合ってきました。

実家は車で1時間半位かかるので頻繁には行けないけど電話で

様子を聞いたり、週末に顔を見に行ったりしていました。

何も親孝行らしい事も出来ていないまま結婚してずっと離れて

しまっていたので、せめて今この時ぐらいはと思っていました。

幸いといっては何ですが義母が施設に入っているので

今は実家の両親の事を優先に考えたかったのです。


                 続きは次回に・・・






















 このタグは記事投稿に使用しないで下さい。

近況 その2。
いつも戻ってくる時は、何かお友達と一緒です。

今回はポポちゃんです。(寝かせると目を閉じ起こすと目の開く

かわいいお人形です。)お正月は、くまのプーさんでした。

そのポポちゃんに言葉にはなっていないけど何かしきりに

話かけています。母性本能でしょうか。赤ちゃんの様に抱っこして

あやしています。

グループホームに入る前と比べると随分と行動が落ち着いて

いるように見えました。椅子に座らせておくとずっと足をぶらぶら

させて座っています。それはある意味では、もう一人では外にさえ

出て行けないという事です。

認知症の程度でいうと重度に近い中度でしょうか。

寝たきりでないのが唯一の救いですが、トイレも勿論一人では

無理なので、タイミングをはかって連れていってもその時は出ず

オムツの中に出てしまっています。

でもちょっとした音や、家の中で私が子供に呼びかける声には

すごく敏感に反応して 「あーびっくりした」 とか自分が呼ばれて

いないのに 「はーい」 とはっきり声を出します。

不思議です。


                  続きは次回に・・・

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近況。
お正月に帰ってきてから2ヶ月ぶりになりましたが、義母が

帰ってきました。とても顔のつやも良く、変わらず元気そうでした。

話しかけても返事はないから私の独り言ばかりですが、食欲

もあるし、歩き回っているのでしばらくは大丈夫そうです。

一時的に帰ってきているだけなので、その間ぐらいは・・という

気持が自分の中にはあって出来る事なのだと思います。

ちょっとしたお祝い事があったので帰ってきたのですが

おそらく誰の事も、もう記憶にないのでしょうね。

玄関に入ってまず靴が脱げません。足を持ち上げて、手をとって

体を支えてあげながら片足を床に上げて、もう一方の足にかかろう

とすると、最初の足を又、靴に戻します。もう一度その足を床に

上げて置いて片方の足にかかろうとすると、今度はものすごく

ふんばって足が動きません。

やっとのことで2つの足を床に上げたと思ったらすぐに

両足で降りてしまいます。(何か遊ばれてるみたい・・)

これが家に入る為の第一段階です。


                 続きは次回に・・・